塾講師、かく語りき

塾講師、かく語りき

合同会社ディープグラウンド(DG)が運営する、京王線千歳烏山駅にある中学受験塾、烏山進学教室。講師が語る、学問に関係あることないこと。

目に見えない回数制限

街を歩いていて、何となく見上げたところに薄ピンク色の桜があると、すっかり春になったなぁと感じます。

私、名前に「桜」が入っている縁もあり、つい親近感を持った目で見てしまいます。

 

それに最近は気温が暖かめなのがいいですね。夕方の授業が始まる前の明るい時間に、近所を軽く散歩。楽しいです。

 

 

桜といえば、以前何かの本で

「自分が生きている間にあと何回桜が見られるか」

という話題を見て、確かにそうだと思ったことがありました。

毎年春に見ているこの桜、生きている間しか見られないのです。

当たり前の光景なので意識していなかったのですが、また何度も見られると思っていても実は回数には限りがある。しかもその回数も何回かは分からないし決まっていない。(寿命次第)

 

昔から桜が大事にされてきたのは、きれいなのはもちろん、厳しい冬を生き抜いて、新たな季節を迎えられた喜びの象徴だったから、というのもあるかもしれませんね。

 

 

花より団子とはよく言いますが・・・。

団子はスーパーで年中買えますからね。

 

 

人生であと何回

桜の話から始まったこの「人生であと何回」という問いは、考えてみれば色々な物事に当てはまるものだと気づかされます。

 

例えば、「私が今後の人生でスターバックスを利用する回数」

今の時点では答えの決まっていない問いです。

職場(本館)のすぐ近くにスタバのお店があり、甘い物好きな私の事ですから、当然今後も何度となく使うことになると思います。もしかしたら明日にでもフラペチーノが飲みたくなるかもしれませんので、その回数はまだまだ増えていくことになるでしょう。

正解の数字が確定するのは、私が死んだときです。

言い換えると、いつかはこの問いの正解が確定するのです。

 

ということは、人生において「今回を最後にあとは死ぬまでスタバに行かなくなる来店」の瞬間が訪れるわけで、しかもその回は、自分の知らないうちに来てしまいます。

 

もし私の一生を観察している(ヒマな)未来人がいて、私が人生で合計何回スタバに行くかをカウントしていたとします。

その未来人が突然目の前に現れて

「あなたはあと○回スタバに行きます」

と宣告されたとすれば、どのような心境になるでしょうか。

私なら、「その観測をはずれさせてやる!」とかは考えずに、その後1回1回のスタバを丁寧に、大事に味わうようになる気がします。

 

今回はスタバで例えましたが、「また行こう♪」と思っていた店に実はもう一生行かない可能性があるわけです。

ですから、「いつでも行ける」とは思わずに「行けるときに行こう」が正解であり、行ったからには「後悔の無いように味わおう」と心がけるのが、良い在り方のように思えます。

 

あとは、私のような地方出身の東京在住者は、親と会える回数も有限であることを考えなくてはいけませんね。

私は毎年1回実家に帰省するようにしています。

 

 

 

さて、受験生の皆さん。

受験まであと9か月半となりました。

1回1回の授業を、丁寧に、大事に受けてくださいね!

授業の回数には、限りがあるのですから・・・!