塾講師、かく語りき

塾講師、かく語りき

合同会社ディープグラウンド(DG)が運営する、京王線千歳烏山駅にある中学受験塾、烏山進学教室。講師が語る、学問に関係あることないこと。

中学受験塾講師が考える「1月に学校を休むということ」

月月火水木金金

今年もこの季節がやってきた。曜日が分からなくなるこの季節が。

東京の中学受験は、2月1日が解禁日。

ということで、1月はまさに“大詰め”の時期。

そして、この時期、受験生の中には学校を休んで朝から塾に来る者もいる。

彼らは、8to8

8時から20時まで塾にいるのだ。

私たちは、そんな生徒に合わせて午前中から時間割を組み、授業を設定する。

 

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ここまで読むと、DGは、学校を休ませてまで、塾に詰め込んでいる時代錯誤のスパルタ教育を施す塾であるかのように思われるかもしれない。

しかし、事実はそうではない。

直前特訓のご案内の紙には、わざわざフォントを変え、斜字体にし、下線を引いてまで、こんな文言が掲載されている。

「学校を休むことを推奨するわけではありません」

 

ただ、学校を休んでまで塾に来て学習しようという生徒に応える体制をとる。

それ以上でもなければそれ以下でもない。

「学校を休んで塾に来る」

この行動に関しては、賛否が分かれることだろう。

そこで、このことに関して毎年考えることを書いてみたい。

 

学校>塾!?

とにかく学校には行かせる。学校が第一。

どういうわけか、年々減ってきてはいるが、そんな考えの保護者様もいらっしゃることだろう。私自身も元々はそういう立場だ。

もちろん、それはそれで正解。

1月に学校にいくかどうかは、各家庭の「価値観」の問題で、そこに絶対性は存在しない。

はずである。

問題は、この問題が「排他性」を帯びたときである。

「塾」という言葉に、必然的に「苦役」と「発展性」を連想し、

「そこまでしなくても…」という無責任で冷ややかな視線を他人にも投げかける。

私たちは、自分と異なる価値観から出発した考えや行動に対しては、批判的になりやすい。

しかし、前にも述べたように、「学校にいくか、塾に行くか」は、

各家庭の価値観の問題なのだ。

1月もいつも通り登校してペースをつかみなさい。

これも正解だ。

1月は朝から塾に行って、受験勉強をやり切りなさい。

これも正解なのだ。

唯一解はない。

そして、この決断を自分ですることが大切なのだ。

学校より受験勉強を優先したいのに学校に行っても、上の空で大した意味はないし、

親がどんなに言ったところで、学校に行きたいのに塾に来ても、勉強に身は入らない。

まずは、受験生自身が自分が置かれた状況から、自分なりの答えを出すことだ。

そして、このとき、親を含め、周りの大人はその意見を尊重してほしい。

仮に、自分の価値観とは異なる考え方だったとしても。

学校の先生に対する私の願いは、おおたとしまささんのこの記事がとても丁寧に表してくれている。

6年生の担任の先生たちへ。もしクラスのなかに中学受験生がいるのなら | おおたとしまさオフィシャルブログ「Father's Eyes」Powered by Ameba

 

夢の国で漢字る

私自身が、価値観のバイアスに気づかされたできごとがある。

上京して初めて妻と二人でディズニーランドに行った時のことだ。

ディズニーランドといえば、行列。

薩摩という九州の最端に生を受けた私にはそんなイメージが強い。

私たちが訪れた日も例に漏れず、大変な人込みでにぎわっていた。

そんな行列の中で、一瞬、強烈な違和感を覚えた。

 

親子3人ずれで並んでいる。

 

その真ん中の男の子が漢字の勉強をしているのである。

 

漢字!?

 

 

東京の小学生はディズニーランドでも勉強するのか?

この夢の国でもまだ現実にまみれようというのか?

私の脳裏を混乱が支配する。

そして、あろうことが、当時は既に中学受験の塾でアルバイトをしていたにもかかわらず、

「中学受験」ってやつはそんなに大変なのか?

それで小学生は本当に楽しいのか?

と、弱冠二十歳の末廣は、青臭いべき論の眼差しを彼に向けたのであった。

 

すると、こんな会話が聞こえてきた。

 

母:「そろそろやめなさい」

子:「まだ大丈夫でしょ。じゃああと1ページだけ。」

 

??

 

母親が止めて、子どもが勉強することをせがんでいる。

ネズミたちが舞うこの桃源郷とも思える空間で、

まだ勉強というの名の修行に挑もうというのか?

 

一人の少年をここまでさせる。

東京という地は、なんと恐ろしい場所かと、当時の私は恐れ戦いた(ディズニーランドは千葉ですが(笑))。

 

しかし、なぜかある時ふいに、この時の自分の考え方の誤りに気が付いた。

「勉強」=「苦」。ゆえに、ディズニーランドで勉強は場にそぐわない。

それは、勝手に私が抱いたイメージに過ぎない。

この少年にとっては、多くのキャラクターやアトラクションに囲まれた夢の国で、

大好きな漢字を勉強できる。

大好きな場所で大好きなものに触れる。

こんな幸せなことはないのではないかということである。

この少年にとって、

「ディズニーランドでまで勉強しなくても。」

こんな大人の独り善がりな考えは、何の意味もなさない。

楽しいかどうかは、彼自身の問題なのだから。

そのときの少年の笑顔が、私に価値観の相対性無自覚な排他性の恐ろしさを教えてくれたのだ。

 

もう9日

本番まで残り3週間。

1月学校にいくか、塾に行くか。

そんなことに時間と労力をかける必要はない。

周りの目を気にすることもない。

振り返った時に「楽しかった」と思える結果とプロセスのために、

受験生と、彼らを取り巻くすべての人々が、自分の目の前を照らせばそれでいい。

DG生は、塾長と運営部長の美声を聞くのを楽しみにガンバレ!

私ですか?悲しいかな、筋金入りの音痴です(泣)