塾講師、かく語りき

塾講師、かく語りき

合同会社ディープグラウンド(DG)が運営する、京王線千歳烏山駅にある中学受験塾、烏山進学教室。講師が語る、学問に関係あることないこと。

塾講師が幼稚園の授業参観に行った話

授業参観は前日から始まる

先日の土曜日、初めての授業参観が催された。

前日の金曜日、チームパパ魔法班の打ち上げ。

金曜日の打ち上げ

今であれば、これだけで嫌な予感が脳裏をよぎる。

しかし、当日の私はいつもの「末廣酔い止めスペシャ」(飲むヨーグルト500ml程度・C1000・ヨーグルト食べ物・ヘパリーゼ・ポカリスウェット)を服用せず、

しかも、朝からほとんど何も食べずに参戦。

明日は授業参観もあるし、終電では…と高を括っていたのだが…

気が付くといつも通り朝起きて家族を起こす。

そう、途中からの記憶が全くないのである。

夕方頃、リーダーから安否確認があったので、

恐らくは相当に酔っていたのだろう。

二日酔いのない体に産んでくれた両親には心から感謝したい。

そして、記憶のがないというのは恐ろしくもあり、幸せでもある。

 

いざ、幼稚園

妻の話によると、3時過ぎに帰宅したようである。

確かに、財布には490円のタクシーの領収書があり、時刻はそれくらいを指していた。

いったい、私はどこから乗ったのだろうか。

それはさておき、何事もなかったのように朝の身支度をすませる。

唯一、いつもの日常と変わっていることと言えば、幼稚園バスが来ないことである。

ということで、女性陣は電動自転車に乗り込み、私も愛車(自転車です)で幼稚園まで向かう。

幼稚園に着くと、カバンを置いて帽子を着替え、席に着く。

歌を歌ったり、出席を確認したりして、外遊びの時間へ。

しかし、何かがおかしい。

何だこの言いようのない違和感は。

 

そうだ、娘の動きが極めて秩序だっているのだ。

 

私は幼稚園の記憶は割と鮮明で、戸惑いand戸惑いの日々であった。

音楽に合わせて行動するとか、好まないものを食べ残そうとすると、食べるまで給食の時間が続くとか、自分の意のままに行動しようとするとけたたましく怒られるとか…。

強いカルチャーショックを受けたのを思い出す。

ところが、我が娘はTHE・幼稚園生を演じているではないか。

いや、演じているという表現はいささか語弊があるのだが、

自らの幼稚園時代を顧みるとこのような表現を使わざるを得ない。

なにはともあれ、自分のDNAが色濃くなかったことをこの日ほど喜んだことは無いだろう。

などと考えて外遊びへ。

仲良くチームパパの皆様とご歓談をしていると…

何やら注意されている小さな子が。

 

我が次女である!!

 

幼稚園生に交じり、勝手に滑り台を滑る次女

注意される妻

遺伝子には抗えないとこの数分の間に改めて認識させられた。

 

大人になっても私の手を煩わせるのは

外遊びも終わり、室内へ。

今日は、絵をかいて紙皿に貼り、それを二つくっつけてフリスビーを作るというもの。

出ました、工作のお時間です。

きっと、幼稚園の先生方は、「父親の良いところを」と気を遣って下さったに違いない。

しかし、世の中には私のように図工という科目に苛まれる日々を送ってきた人もきっと一人や二人ではないだろう(笑)

ということで、ほとんどの工程を娘に丸投げすることにした!

結果として、無事にフリスビーは完成!

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どちらが私が書いた絵かは、敢えて言わないことにしよう。

 

幼稚園はアクティブラーニング!?

その後、大人は簡単な自己紹介をして帰りの会へ。

幼稚園の朝の会、帰りの会を通じて感じたのは担任の先生の教務力の高さ。

「授業形式」は学年が進むほど講義形式に近く、学年が下になるほど双方向性が増すイメージがある。

その意味では、幼稚園の教室は、双方向の極みともいえる。

正直、私の中では相当にカオスな状況を想定していた。

しかし、私の予想とは異なり、不規則発言もその一つ一つをしっかりとケアし、円滑に進行していく。

必要以上に赤ちゃん言葉を使わず、適切な語彙で話しかけながらも、

例示はとても丁寧に行われている。

園児が飽きないように音楽も効果的に活用されていて、参考になる点は多々あった。

(金髪にひげのおっさんが後ろでメモ取りながら聞いていたら不気味でしたよね。すみません。)

幼稚園の教務力は偉大である。

そういえば、「臥薪嘗胆」(授業終了後の演習時間)の集中力を高める方法を発見した。

それは4歳の長女を中心に置いたのである。

4歳児は好きなことはわき目もふらずやるため、集中力が切れた小学生を注意しやすい(笑)

もちろん、2時間も3時間も持つ方法ではないのだが、これからもたまに試してみようと思った。

これも幼稚園の先生方の高い教務力の賜物だ。

 

 

塾講師主催!ボードゲームママ会

ママ会の準備はパパかい!?

昨日は、我が家でボードゲームママ会」を実施。

「ママ会」なので、私自身は参加しないのだが、ゲームの選定など頭を悩ませる。

基本的には適当な性格なのだが、どこかに何かしらの変なスイッチがあるらしく、

選び始めると…明らかに採用するはずもない60分以上の大箱やらの説明書を読み始めるなど、大幅な途中脱線をしながらも、何とか無事に選び終わった、のは丑三つ時のころ(笑)

もちろん、やりきれないであろう量を選定したのだけれど(弊社をご存知の方はご想像できると思いますが、基本的に何をやっても余りが出るスタイルです。)、

どれも好評を博していたようで、選者としては何よりであった。

(ここで選んだゲームは、枯渇しつつあるブログのネタのために取っておきます(笑))

そういえば、最近、購入代行のお話もいただくようになり、

いっそのこと販売を始めた方が早いのでは、なんて思ったり、思わなかったり。

さて、何が言いたいか。

そう。水曜日の更新が遅れた言い訳をここまで書いたのである。

 

ボードゲームママは教育ママか

最近、ボードゲーム「知育」というキーワードでいろいろなことが語られていた。個人的には、この記事がとてもまとまったいて、参考になると感じたので、リンクを貼っておく。

note.mu

以前、どこかでも書いたのだが、

「頭よくなるから、ボードゲームさせたい」

たぶんあまりうまくいかない(笑)

そもそも、「知育」なんてものは、何をやらせても基本的には成立する(塾屋の発言とは思えない。)

私個人的には、子供の好奇心をくすぐり、集中力をもって取り組むことができるものは、すべてが知育の教材だと考えている。

それが、TVゲームであろうと、漫画であろうと。

勿論、私自身が「ボードゲーム」に感じている特有の魅力はあり、それは所謂“知育”の側面から見ても存在するのだけれど、

殊に幼児期の教育においては、副次的なものに留まるように思う。

要するに、ボードゲームに限らず、知育教材を用いて、獲得された「論理的思考力」やら「社会性」やらというものは、「結果」に過ぎないということだ。

何よりも大切なのは、「好奇心」を出発点とすること。

そして、「好奇心」は子供の好奇心は当然大切であるが、「大人の好奇心」を出発点とした方が、「知育」としてはうまくいきやすいのではないかということである。

なぜなら、大人が「楽しい」と思えないものを提供する際には、「やらせる」という「使役」の視点が必ず介入し、それを子供はとても敏感に感じ取ると考えるからである。

また、「大人の楽しそうな姿を見せるコト」以上の、教科書はそう存在しないだろう。

親であれ、「教育」と言われるものを提供する側であれ、「本当に自分が楽しい」と思えるものを子供に伝えることが、基本的な出発点であろう。

もちろん、子供が自発的に興味を持ったもので、親が興味がないものはOKだ。可能性としては、高くはないかもしれないが、ある意味で望ましい形ともいえる。

 

大人の楽しいを準備する

獲得されたものは結果論に過ぎないと書いた。

しかし、教育を提供する側としては、「結果論」ではいけない側面もある。

これは、通常、ボードゲームを楽しむユーザーとは異なる点と言えるのかもしれない。実際、「ボードゲーム×知育」さらに、「中学受験」というカテゴライズの中で仕事をしている人は、それほど多くはないだろう。

授業の構成、ゲームの選定、イベントの企画、の際には、当然であるが、「結果から逆算」することになる。

例えば、説明書から読ませることで実戦的な読解力をつけることができるとか、コンポーネントに触れることなく、説明書だけからの情報から推測することによって“立体的な”読解力がつくとか。

他にも、実際のゲーム中の一場面を写真に収め、終了後、この時点の最適手を考えるとか、挙げ始めれば枚挙に暇がない。

この辺りは、純粋にゲームを楽しみたい方がから見れば、邪道と評されるところだろう。

まぁ、それはそうなのだろうけれど、「教育」なんてありがたい言葉は、本来そうなのだろう。

数学者にしてみれば、計算練習の算数は邪道だろうし、大経営者にしてみれば、無駄な授業は多く感じるのかもしれない。

とはいえ、大事なことは、「大人が意図をもって準備すること」だと考えている。

当たり前と言えば当たり前。

ただ、意外と「惰性」や「何となく」という理由がまかり通ることも多いのが現実ではなかろうか。

準備したからと言って、必ずしも子供にはまるかはやってみなければわからないし、

はまらない場合に無理強いするなどもってのほか。

その労力は一瞬にして水泡に帰すかもしれないが、それでも、意図をもって準備をすること。その意図の前提に、自分自身の「楽しい」があること

こうした当たり前のことを当たり前に継続できる環境でありたい。

 

子どもの意思を尊重すると酒量が減る!?

ゲーム会当日、ゲーム中に、どこまで柔軟に子供に対応するかという話題になったらしい(自分を通すことと我儘は似て非なるものですからねぇ。)。

「タイニーパーク」というゲーム中に、わが娘が4回目のふり直しをご所望

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(もう皆さまお分かりだと思いますが、)我が家では、当然にこの提案は粛々と却下される。

準備段階で、「最初から子供だけ4回ふり直し」などの柔軟性はOK。

ただ、途中でのルール変更は一切受け付けない。

(仮にどんなに泣こうとも…(笑))

それは、ゲームでも何でも同じ。

一昨日も、図形の線対称移動に悪戦苦闘の娘。

単純図形なら難なくクリアできたものの、方眼紙の中にある図形を複数、その向きまでケアしながら移動させるのは思いのほか、難しかったらしい。

まだ早かったかな~と思いつつも、やると決めたページまでは最後まで何とかやりきった。

途中、「じゃああと2問でイイ?」のような提案が娘からあるのだが、これも当然に却下。なぜなら、どこまでやるかは娘自身が決めたのだから。

4歳児であるから、自分の能力を客観的にみることなど絶対に不可能。ただ、そんなことは、はっきり言ってどうでもよい。現時点の自分の能力に鑑みて、その量が多かろうが少なかろうが、まずは決めるということ、そして自分で決めたことを遵守するということ、これくらいの年齢はこっちの方がずっと大切だろうと思う。

大人にできることは、自分が面白そうな素材を選ぶことその面白さを伝えること好奇心と集中力が続く限り付き合うこと子供であっても自分の言葉と行動に責任を持たせること、こんなことくらいだろうか。

とはいえ、「なんて面倒な問題を選んだんだ、1時間前の俺よ。」というのが本音のところ。何たって私の興味を駆り立ててやまない今宵の美酒がどんどん先延ばしになってしまったのだから。

 

今から前の3か月と、今から後の3か月

今年ももう11月になりましたね。

個人的には、つい最近まで夏期講習をやっていたような気がしたのですが・・・。

夏期講習が終わり、遠足に出かけてさぁ2学期だ!

と思ってからもう2か月が経過したという現実が重いです。

 

時間が経つのは早いものですね・・・。

 

 

そして、先を見ると、中学受験日の2月1日まであと3か月ですね!

それこそ夏期講習が始まってから今日に至るまでがだいたい3か月ですから、ここから先に残された時間の短さがわかります。

 

 

とは言っても、まだ3か月あるじゃん・・・

 

と思ったそこの受験生!

その認識は危ない!

 

この先の3か月は、今日以前の3か月よりももっと早く過ぎますよ!

その理由として、2つのことが挙げられます。

 

 

理由その1:「集中」

時間を短く感じる要因の一つ「集中」があります。

勉強でもゲームでもスポーツでも、何かに集中しているときは、時間があっという間に過ぎてしまいますよね。

集中して問題を解いていたら、いつの間にか数時間経っていたりした経験が(標準的な受験生の人なら)あると思います。

 

で、考えてみれば、この先の3か月は、どうしても勉強に集中することになります。

 

受験生は普通、「少しでも点数を上げて、合格の可能性を高くしたい」と考えるでしょう。

そうすると、自主的に勉強に取り組むようになります。

集中しないと公式や解法は覚えられませんからね。

たとえこれまで何となーく勉強してきた人でさえも、ある時期からは、心を入れ替えて真面目に勉強に取り組むでしょう。

そうやって、合格率を少しでも引き上げようと努力します。

 

人に言われて勉強するのではなく、自分から進んで勉強をするとき、

意識は一層深く「集中」します。

すると、時間はとても早く過ぎていきます。

3か月なんてあっという間に過ぎていきます。

 

「これまで以上に集中して勉強に取り組む。」

これが残り3か月をあっという間に感じてしまう理由の1つ目です。

 

 

理由その2:「平坦」

皆さんが4月に現在の学年に進級してから、半年以上が経過しました。

これまでには、運動会文化祭修学旅行など、いろいろな行事があったと思います。

文化祭はまだこれからの学校もあるでしょうか。

 

それらの学校行事は、11月を過ぎると一通り終了します。

これから先の時期は、大きな行事がほとんど無く、言ってしまえば「平坦」な学校生活になります。

 

春から夏にかけて、

「あと一か月で運動会だから練習しなきゃ!」とか、

「修学旅行でどこに行くか調べておかなきゃ!」とか、

色々な行事に向けて色々なことを考えてきました。

常に何かの行事があった時期は、充実した時間を体感してきたと思います。

 

しかし、秋の文化祭が終われば、これから先は卒業式まで大きなイベントはそうそう無いでしょう。そうなると、毎日勉強の繰り返しです。

特に受験生を多く抱える学校では、受験直前の勉強の妨げにならないように、早めにイベントを一通り終わらせてしまう学校もあるみたいですね。

 

この先の「平坦」な日常は、その時その時には、けだるい長さを感じることでしょう。

でもその長さは、後から考えると無かったことになっているかもしれません。

例えば1週間「平坦」な日々を過ごした後、日曜日の夜にこの1週間を振り返ってみると、「あれ、もう1週間終わったの!?」と思うはずです。

なぜなら、記憶に引っかかる出来事がほとんど無いからです。

思い出せる事柄が特に無いなら、あっという間に時が過ぎてしまったように感じてしまいます。

 

よくおじさん達が「最近時間が経つのが早い」なんて言ってたりしますが、それは、運動会も文化祭もない「平坦」な社会生活を過ごしてきた末に出てきた、悲しい発言なのです。

そういえばこの記事の冒頭にもそんなことがかかれていたような気がしますね

 

まだ若い皆さんにはわかりにくいかもしれませんが、その一端をこの受験生活で感じられることでしょう。

 

 

ということで、

「集中」することで時間があっという間に過ぎ、

「平坦」であるが故に過ぎてしまったことを認識できない、

そんな日々が今後訪れます。

 

受験生の皆さんは、これから先の3か月がいかに貴重で重要なものか、しっかりと心に留めておいてください。

 

本当に、あっという間に時間は過ぎていきます。

 

 

いま半信半疑であるなら、ぜひこの記事のことを覚えておいてください。

きっと来年の1月くらいに、「こういうことだったんだ・・・!」と思うことでしょう(笑)

 

 

最後に

このブログが再始動、曜日ごとに担当者を決めて更新をするようになったの今からちょうど1年くらい前

ということは、ある意味一周年!

更新にムラがあったり、内容が特に無かったりするとき(主に私)もありますが、

今後ともよろしくお願いいたします!

 

 

久々に4人更新が揃うところを見たいですね・・・(笑)

ハッピーハロウィン

ハロウィンはいつから?

いつからだろうか、日本でもすっかり「ハロウィン」なるイベントが定着している。

個人的には、イベントはあるに越したことはないというスタンスなので、これはこれで歓迎している。

とはいえ、そこまでハロウィンらしいことをせずに生きてきたこれまでの人生であったが、今年は、長女が入園し、日曜日には、パパたち主催のハロウィンイベントが実施された。

ハロウィンは前途多難

「ハリーパッパー」の名の下、総勢60名程度の父親たちが、「魔法班」「装飾班」「食事班」の三つに分かれて活動。

予算取りから始めるスタイルは、さながら会社組織のようで、

サラリーマン経験のない私には、かえって新鮮だったりする。

私が所属していたのは、「魔法班」

「魔法の実験」と「杖づくり」がメイン。のはずだったのだが…。

1週間前になり、シナリオの大幅変更!

 

魔法に使う杖の作成

→ひょっこりでもーとによる電波ジャック&馬車を隠した

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(ちなみに、この敵の名前を社内で募集したところ、〇〇アカとか、△△ゼミナールという使えるわけがない名前しか出ませんでした(笑))

→魔法実験

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→クリスタル(ファイナルファンタジー)による呪文の伝授

(写真がなくてすみません。)

→超巨大空気砲の発射

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→馬車での写真撮影

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→食事

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というストーリーが完成。

その際、私はファイナルファンタジーなるものを生まれてこの方1回もしたことがなかったのだが、その事実に他のお父様方は驚愕。

もっとも、我が班のサブリーダーは打ち上げの際にこっそり自分も知らなかったことを打ち明けてくれた。

だったら、言ってくれよぉ~(笑)

さて、私自身は、魔法実験についての準備を担当。

運営部長に魔法を伝授してもらい、

BTB水溶液で着色した重曹水溶液にクエン酸水溶液を入れる実験と、

イソジンで着色した水にC.Cレモンを入れるという二つの色変わりの実験を準備することとなった。

 ということで、非公式ながらDGプロデュースの魔法実験となった。

人生はいつもアドリブ

写真を見ていただくとわかるのだが、「ボランティア」でやるレベルを大きく超えている(笑)

ちなみに、前回イベントはこちら。

keio-juku-gakudo.hatenablog.jp

根はまじめだがどこかぶっ飛んでエッジの効いた人が集うとこういう仕事になるらしい。

さて、前日準備。

私は、運営部長との実験の通りに各水溶液を準備する…予定であった。

しかし、ここでアクシデントが。

そう。何を隠そう。私は予定通りが苦手なのである(笑)

クエン酸を溶かしていくと…溶ける溶ける。

そして、いつもの悪魔末廣のささやきが脳内を支配する。

 

「全部とかしたら面白いんじゃない?」

 

結果、2Lの水にクエン酸500gが溶け切ってしまったではないか。

ということで、予定よりだいぶ濃いクエン酸水溶液が完成した。

当初の予定では、青い水溶液が泡を立てて黄色くなる予定であったが、実際に実験をしてみると…

もちろん、予想よりも大きく泡立ち、

1Lは余裕で入るデキャンタを溢れるほどに溢れまくるほどに泡立つこととなった。

結果、魔法っぽさはより出たのでOKとしよう。

また、数千個のビーズを35個ずつ袋分けするという杖づくりの作業もお手伝いしたのだが…。

もう私のことをよくご存じの方はご想像の通り

(いやな予感がするでしょう?)

最初こそきちんと数えていたものの、あとは…。

ただ、DGメンバーは偉大である。

皆が声をそろえて言う。

 

「そういう準備は末廣にやらせてはダメ」

 

適材適所を言わなくてもわかってくれているなんてサイコーだ!

 

次回は…

次回の幼稚園イベントは2月3日

そう。中学受験の講師にとっては一番嫌な日といっても過言ではない。

ということで、残念ながら前日準備から打ち上げまで参加は難しいかもしれない。

反対に、この日参加できるということは、全員が進路が決まっているということであり、これ以上めでたいことはない。

最善を望みつつ…。

 

 

 

 

季節の変わり目と飲み物の選択

つい先週、「過ごしやすい季節ですね」と書いたばかりなのですが、この1週間で事態が急変。

寒くなってきましたね・・・_(._.)_

 

ちょっと先日まではこんな気分だったのですが・・・

 

 

 

雨もよく降りますし、夜は冷え込むことも多くて、これはホットの時代か!?

と思いつつ、やっぱりまだ日中は暖かい日もあります。

 

ホットとアイス、どちらの方がいいのか・・・?

 

 

そんな私が出した答えは常温

 

 

 

ホットでもアイスでもとりあえず室内に放置して飲むのが、温度的にはちょうどいい感じ。

猫舌な私にとってはホットコーヒーに恐る恐る口をつけて熱さを確認する必要がなくなるのも大きい。

体温に近い温度ですから多分体にもやさしい気がします。

 

 

ただ、問題があるとすれば、常温のコーヒーってそう何度も飲みたいとは思わない

普段熱いか冷たいかで飲んでいるものを常温で飲むと、意識がどうしても「ぬるい」になってしまうのが難点でした。

コーヒーはやっぱりホットかアイスがいいですね。

 

常温で飲むにちょうどいい飲み物があればいいのに・・・。

 

 

ということで探してみると、ちょうどいい飲み物がありました。

 

 

水です!

 

盲点、それは

最も身近で、最も体に必要とされる液体です。

ホットやアイスで概念が固定されていないので、常温でも無理なく飲めるのがとてもいいですね!ペットボトルで2L買っても、お茶やジュースより安いのも好評価。

 

さらに、ネットで水のことを調べると、健康関連の記事が出てくる出てくる。

心筋梗塞熱中症対策になりますし、美容にも良いとか。

一時期流行した『水素水』も、水素云々はともかくとして普段足りていない水分を補給できるという点では健康に良い影響を与えるらしいですね。

※諸説あります。

 

たしかに考えてみれば、普段はコーヒーを常飲しているものですから、慢性的に水不足状態で生活していたところもありますので、これを機にちょっと水のことを見直してみようかなと思います。

1日2Lは多すぎらしいので、とりあえず1Lくらいから習慣付けていきたいものですね。

 

水生活で健康を目指しましょう!

 

 

 

 

 

 

・・・という記事を現在、常温のコーヒーを飲みながら書いています。

長い長いコーヒーに依存した生活の影響で、選択肢にコーヒーがあると、ついそれを選んでしまいます。

 

ですから、ネット上の紹介記事も案外こんなテンションで書かれていたりするんじゃないかなぁ・・・と勘ぐってしまいます。

 例:私も以前から使っています!(1週間前から)

 例:使ってみたら驚きの効果が!(たぶんあったんだと思う)

 例:私のまわりでも流行ってますよ!(友達数人調べ)

 例:成績を上げるお手伝いをします!(バイトの大学生が)

※個人の感想です。実際の記事、広告には一切関係ありません。

 

まぁ、すべては受け手がどう思うかですね。

 

 

とりあえず、水を飲む機会を増やしてみようかなと思います。

これで体に何か良い傾向が見られたら、追って報告いたします。

塾講師が考える親が子供に与える影響

習い事協奏曲

東京では、幼稚園生にもなるとみんな「習い事」なるものに行き始めるようで、我が家の長女も今月から始めることになった。幼稚園生の習い事とは面倒なもので(こんな書き方をすると怒られますが)、基本的に保護者同伴。週に3つも4つも習い事があるこの場合、それだけで親御さんもさぞ大変だろうと思うのである。

そんな習い事の待ち時間は、当然親同士話すことになるのであって、

我が家の場合には、ご同伴のおばあさまと仲良くなったようである。

 

ボードゲームを進める塾講師

 

ここからの「あるある」なのは、

職業が中学受験塾であると話す

→あれやこれやと聞かれる

→質問には答えつつ、ボードゲーム面白いですよと言ってみる

という流れ。

この後は、概ね三パターン。

 

パターン1 ファッション面白そう

何それ?面白そう?教えてよ?と言いながら、実際にはそれ以上教育系の話やボードゲームには触れないパターン。

実は面白いとあまり思っていない。

 

パターン2 忘却の彼方へ

面白そう!今度教えてよ!と割と本気で思っているのだが、

「今度」の設定をいつの間にか忘れていて、「今度」が訪れないタイプ。

これ私です(笑)

いろんなことに興味はあるものの、記憶力の無さとものぐさが相俟って、

中々実現しないことが多い。

 

パターン3 難しいことわからな~い

受験トカ説明書トカ難しそうでわからな~いということで、話が終わるパターン

 

 別に、私たちの話なんてその程度のものであるから、これらのリアクションはある意味で正しいのだろう。こういう人たちを批判するつもりは毛頭ない。

ところが、今回の習い事では違うパターンが出現した。

 

「それ面白そうね。買っておいてもらっていいかしら?」

 

??

 

これは斬新なパターンだ。良いと思ったことを直行できる人は、率直にリスペクトに値すると常々思っている。

ということで、今度、田川がボードゲームをいくつか持ってご自宅に伺うようだ。

ここまででも十分新パターンなのだが、さらにさらに。

伺う時間はお母様のお仕事がお休みの午前中らしく、

「午前中だと子供いないけど、いいですか?」

とお聞きしたところ、

まずは、大人が楽しまなきゃ。聞きたい話もたくさんあるしね。」

とのご回答だったそうな。

子どもがいると、どうしても目線は子どもにいきがちである。

いや、それが自然だし、それでよいし、場合によってはそうあるべきかもしれない。

そんな中で、「まずは大人が」と言える感性は、端的に言って素晴らしい。

大人が楽しむ姿を見せることも、最良の教育と言えるはずだ。

言うまでもなく、「放置されている」要素が微塵も見当たらないことは付言しておく。

 

大人の興味のアンテナ

 相手方のこともあり詳細は書けないのだが、

長女と同じ習い事の子は三人兄弟の三番目。

一番上は某有名難関校に通い、二番目は現在、有名難関校を目指して受験勉強中とのこと。

どうしても塾講師という職業からこういう表現をすると、「すぐ子供の成績とかに結び付けるんだから」と、どこからともなく批判が巻き起こりそうであるが、

ここで言いたいことはもちろん「成績」のことではない。

周囲に「興味のアンテナ」の感度が高く、「行動力」のある人間がいることのあたえる効果である。

子どもは、望もうとそうでなかろうと、周囲の大人を鑑として成長していくものなのだ。

そして、日常の中でその子なりの「当たり前」が醸成されていく。

 

選択肢の多さ=Happy ??

以前、どこかで書いた気もするのであるが、年に何回か、「今日は行きたくない」と言って休む生徒が出てくる。

このとき話題に上るのが、「行きたくないと親に告げることが選択肢にのぼるか」である。DG4人衆の場合、選択肢にのぼらないらしい。なぜか。

瞬殺されるのは目に見えているからである。

私はこの仕事を始めるまで、「選択肢が多い」ことは幸せなことであると思っていた。

しかし、この仕事を始めて「選択肢が多い」ことが、ときに幸せではない状況を作り出すことを知った。

良くも悪くも、この選択肢の形成に多大なる影響を与えるのは親である。

どんなに放任主義で育てようとも、どんなに過保護に育てようとも、

その影響力に排除の余地はない。

そして、この影響力を完全にコントロールすることは実質不可能である。

親の考え方、習慣、行動は、子どもの中に蓄積し、選択肢という形で現れる

 

女の子はコワイ

「じゃあお前はどうなんだ」と言われれば、自分を他山の石とし、微塵も似ないことを切に願うほかない(笑)

ただ、一つ考えているのは、楽しそうな大人を見せること

自分はもちろん、その周りの大人も含めて。

我が家は決して広い家ではないけれど、よく色んな人が訪れてくれる。

このあたりは、鹿児島の文化もあるのかもしれない。

田川も酔っ払いの深夜襲来なども基本的にウェルカムである(我が家に来る人がいつもみんな酔っ払いというわけではない。)

今度、ボードゲームに興味のある幼稚園のママが数人我が家を訪れるらしい。

先日、長女が「引っ越したい」と言っていて、なぜかと理由を聞いてみると、

「友達が来るなら広い家がいい」

とのこと。先日お邪魔した生徒様の億ションがたいへんお気に入りのようだ。(それ以外にも、お招きいただく皆様は、それはそれはご立派な邸宅を構えていらっしゃるのです。。。)

「ちょっと難しいかな~」

というと

「そっか~。うちお金ないもんねぇ」

 

…。

 

億ションを買うかどうかは別にして

楽しいだけでなく、「お金ないからね」と言われない大人を見せることも必要だと思った。

DG万歳

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空想と一期一会

10月。過ごしやすい季節になりました。

 気温、ちょうどいい。

 食べ物、おいしい。

 勉強、はかどる。

何をするにも良い季節ですね。

 

空想の秋

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ただ、この季節、過ごしやすいがために、ついボーッとしている時間が増えてしまうのが難点。

暑い時期は、何もなくても「暑い、どうしよ」って考えていますし、寒い時期「寒い、どうしよ」って考えています。

春と秋のちょうどいい時期は、心地よい気温の中で、何ということもない空想で時間が過ぎてしまいます。

本当にどうでも良さそうなことばかりを考えています。

元からボーッとしていると指摘されることが多いのですが、この季節は特に多く発生しています。

ちなみにどんなことを考えていたかというと・・・それについてはまた後ほど。

 

先日も、駅から家までの道中、ずーっと考え事をしていました。知らない道を歩く時とは違い、家までの道筋は体が覚えていますから、頭を使わなくても帰れますからね。

他にも電車の中とか、近所の総合体育館のトレーニング室でエアロバイクを漕いでいる最中とか、ぬるめのお風呂にちょっと高級な入浴剤を投入してほっこりしている時とか、夜寝る前に直前のベッドに横たわっている時とかに、いろいろな事を考えています。

 

その空想の主な内容は?

とにかく気が付くとどうでも良さそうなことを考えている私ですが、さて、そんなに長い時間を使って、一体どんなことを考えているかというと・・・

 

ほとんど全然覚えていないんです。

 

その最中は確かに何かについてずっと考えているのですが、その後声をかけられたり、何か作業をしたりすると、それまで考えていたことがスーッといつの間にか消えてしまっているんですね。

こういう時に考えていることはだいたいどうでもいいことなので、忘れること自体は特に問題ありません。

 

ですが、困ったことととしては、人に話しかけられた時

「さっき何考えてたの?」と尋ねられても、覚えていないので何も答えられず、結果として「何も考えてない人」に思われてしまうのです。

自分で言うのも何ですが、結構いろいろな事を考えているんですけどね・・・。

 

イメージとしては、寝ているときに見る夢を、起きた瞬間に忘れちゃうことがありますよね。

あんな感じだと思っていただけるとわかりやすいと思います。

 

空想と、一期一会

そんな物忘れの激しい私ですが、小学校低学年の頃に考えていたことで、1つ覚えていることがあります。

 

ある日の休み時間、友達に「1+1は?」と聞かれました。

当然すぐに「2」と答えるのですが、友達は間髪入れずに「2+2は?」と聞いてきます。それに「4」と答えれば、次は「4+4は?」、さらに「8+8は?」「16+16は?」・・・が延々と続きます。

たしか256くらいで友達の方が飽きてどこかに行ってしまったのですが、その後、私1人で(256+256は?)(512+512は?)・・・と考え続けるスイッチが入ってしまいました。

筆算せずに長い時間考え続け、結局8192までたどり着いたところで、そこから先は5けただからと諦めたところまで覚えています。

数十年たった今でも8192まではハッキリと言えるのですが、そこから先は曖昧になっています。

 

 

空想は、ふとした瞬間に消え去ってしまうもので、同じようなことは2度と思い出せない。

後から思い出そうとしても不可能である。

 

だとしても考え事をしている最中はちゃんと頭が回っている。

だからこそ、1回1回の空想をしっかりと考え尽くしたい。

どうせ絵空事を描くなら、先の先の詳細な部分まで描いてしまおう。

 

空想の内容を再び思い出すことは無いかもしれません。

が、その1回1回の空想を大切に、一期一会の心持ちで、じっくりと考え抜くことが大事なのかなぁ・・・と、さっき空想しました。

 

最近の空想(というか頭を悩ませていること)

記事の更新当番は週1回ですが、記事にするネタはほぼ尽きかけています。

前回の記事 も、過去の話を持ってきた苦し紛れの更新でしたが、何とか1本分ひねり出せてよかったです。

 

ということで最近の空想トレンドは、このブログに書く記事のテーマだったりします。

ただ、結局それもよく覚えてないんですよね・・・。

 

最近のこと。家のお風呂の中で色々と考えました。

 

あ、いいこと(①)思いついた。これいいね。

するとこういう記事(②)も書けるんじゃないかな。

で、その記事の次週にこういうネタ(③)できれいな流れになるぞ。

タイトルはこんな感じ(④)!よし、これで行こう!

 

お風呂上り。

服を着て給水して一息ついたとき、ふと気が付きます。

あれ、何かいろいろ考えたと思うんだけど、④(タイトル)しか思い出せない・・・!

④からの逆算③まではサルベージできますが、①②はほぼ救出不可能。

 考えたことがそのままメモとして残る便利な機械の開発はまだかな・・・。